海鳴の記

お祭り見物が趣味のディレッタント。佐渡民謡の担い手です。

世界遺産への登録には「功」の部分もある

このところ世界遺産の功罪のうち「罪」の部分を記事にしたり呟いたりしてきたわけですが、功罪はコインの裏表であり、たまには前者にも目を向けてあげようと思います。

先日、神保町の三省堂のレジで2個前に並んでたおじさんが持っていたのは磯辺欣三の『佐渡金山』(中公文庫、1992)でした。この本は大変面白い本ですし、たくさんの方に読んでいただけるのは嬉しいことです。

ところが『佐渡金山』は中公文庫では廃刊になっておりまして、このおじさんは4Fの古書コーナーで手にしたんだと思います。かくいう私も古書コーナーで本をあさっておりまして、2冊見つけたのでそのうちの1冊でしょう。というか私が持っている『佐渡金山』も以前そこで購入したものだったはず……。

せっかくなので中央公論新社におかれましては、これを復刊していただきたいものです。これ佐渡島民でも知らないことがかなり書いてある方ですので。ハイ・アマチュアと呼ばれるマニア層にはウケること間違いなし。

とまあ、このように佐渡鉱山の話が大衆に知れ渡るのは良いことだと思います。別に来なくても、日本の鉱山と言えば「石見、足尾、佐渡」くらいの知名度になってくれればよいのではないでしょうか。もちろん正確ではないイメージで語られることもあるでしょうけども(というかいままさにそうなんだけど)、多くの人が知るということはそれは避けられないことでして、んなことに腹を立てても仕方がない。

ただ、これだけは注意したいのが、佐渡金山は江戸時代の鉱山であるというイメージが一定程度広まっているようです。それは韓国政府の「注視」の段階で、いくつも確認できました。佐渡鉱山は江戸時代のものだから韓国は関係ない、どこまでバカなんだ、と。

つまりこの人たちは本当に佐渡鉱山が平成元年三月まで稼働していたことや、明治から終戦にかけて朝鮮人労働者がいたことを知らないのです。こういう人がたくさんいるということそれ自体が韓国政府の「朝鮮人労働者のことを忘れてくれるな」という懸念を妥当なものにしているのであります。もう「きらりうむ佐渡」の展示室にそう書いておけば済む話なのでは?

とまれかくまれ佐渡鉱山が再び人口に膾炙されるのは良いことです。あとは7月の鉱山祭と10月18,19日の相川祭りに来ていただければperfectです。

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