海鳴の記

お祭り見物が趣味のディレッタント。佐渡民謡の担い手です。

立浪会の男踊りって何????

佐渡には民謡の愛好家の団体がいくつかありますが、その先駆けとなるものは相川の立浪会と言ってまず間違いないでしょう。立浪会は大正時代に創立、以後佐渡おけさ、相川音頭、相川甚句の3民謡を国内外で演奏し佐渡おけさ・相川音頭を全国的に広めた由緒ある団体です。

ところで近年、立浪会の踊りの紹介に「男踊り」なる単語がちらほら散見されるのですが、男踊りって何それ????相川で生まれ育ってきた私もあまりなじみがないワードです。佐渡おけさや相川音頭は男女によって踊り方に違いがあるわけでもないし、いったいどこから来た単語?

というわけでちょっと調べてみたら意外と面白かったので、以下例。

〇Webサイト にいがた文化物語 特集 (2023年3月18日閲覧)

file-101 「佐渡金銀山の町」相川の夏祭り(後編)

「踊りが好きで好きで」19歳から立浪会に所属し、凜とした風情の男踊りを伝える。今は次世代を担う後継者育成に力が入る。

立浪会の磯西会長(当時)の紹介文に男踊りのワード発見。2015年くらいかな?この記事を書いた人が勝手に男踊りという単語を思いついたわけでもなさそう・・・とすると磯西会長が取材時にそう紹介してしまったのだろうか?

YouTubeの動画 (いずれも2023年3月18日閲覧) 

佐渡の民謡(男踊り) - YouTube

佐渡の【ホテル大佐渡】に宿泊した時、ロビーで地元の同好者による相川音頭など色気のある男踊りを堪能しました

2013年と今から10年前だが男踊りのワードが動画のタイトルに使われていますね。ただ投稿者(観光客でしょう)が勝手にそう呼んでいた可能性もまだなきにしもあらず。もちろん、立浪会の人が曲の紹介時にそう呼んでいた可能性もありますが。

佐渡おけさ(相川音頭)in 川越百万灯まつり2016 - YouTube

新潟県佐渡ヶ島で踊り継がれて来た歴史ある盆踊り。哀愁を帯びた曲にあわせゆったりと踊る男踊り。

2016年投稿。これは立浪会は関係なく踊っているのは首都圏の若波会という団体。が、立浪会と関係の深い団体です。これも動画の投稿者(たぶん佐渡関係者ではない)が勝手にそう呼んじゃった可能性があります。

佐渡相川郷土史事典、「相川音頭」執筆者:本間寅雄 相川町編纂、2002

相川の「立浪会」では、無地濃紺の紋付・元禄袖・博多帯・白足袋・折編笠でアレンジした、凛とした感じの男踊りとして、いまに伝えている。

佐渡相川の歴史シリーズの最後に出た郷土史事典。なんと相川音頭の項目に男踊りの単語が登場。これが一番古そう。執筆者は本間寅雄(=磯部欣三として知られる郷土史家)。うーんちょっと男踊りと形容した意図がよくわからないですね。

結局男踊りなるものが何なのかはよく分からず、おそらく使っている人たち自身もその定義を問われたら困惑するのではないかと思わざるを得ないですね。それもそのはずで、阿波踊り越中おわら節のように男女で違う種類の踊りがあるわけではなく、佐渡おけさや相川音頭には「男踊り」なるものの実態は存在しないからです。

しかし、なぜ実体のない男踊りなる単語が使われているのでしょうか?

仮説①磯部欣三由来説

郷土史事典の項目を書いた本間寅雄=磯部欣三氏は佐渡郷土史界でもレジェンドといってよいほど影響力が大きく、彼の書いた郷土史事典の項目がその後立浪会の相川音頭の説明に引用されてきたという説。これは結構ありそうな考え方。

しかし磯部氏が何をもって男踊りと形容したのかは謎のまま。おそらく立浪会の踊り手が男性ばかりだからついポロっとそう呼んだだけなのかもしれない。ちなみに、佐渡の民謡団体は踊り手が女性であるのがほとんどになり、立浪会が逆に珍しい方。

仮説②観光客の影響説

阿波踊りおわら風の盆を見てきた観光客が、おけさにもそんなものがあるのではないかとぼんやり予想し、そう呼んでいるうちに、立浪会自身がそのように紹介するようになってしまったという説。立浪会が呼び始めたわけではないかもしれない。観光協会かもしれないし、別の民謡団体である可能性もある。彼らはえてして観客の期待に添うようにリップサービスをしてしまうものである。そこでつい男踊りをご覧くださいなどと紹介する癖がついてしまった。若干苦しいが、民謡、もとい観光資源を巡る言説は、それを消費する人々の考えなどとの相互作用によっても形成されるふしがあるので、あながち否定できない。①と複合的に考えることもできる。

仮説③昔は本当に男女で踊りが違っていた説

男踊りや女踊りと言ったものが過去存在していたが今はそれが遺っていないだけという説。男踊りの実体が存在した。つまり筆者の見識不足。でもこれはほとんどないと見て良いと思う。男女で違うなどという資料はおろか言説も残っていないからだ。

・・・・・・というわけで以上仮説を3つ考えてみたが、やはり男踊りなる単語は現実に存在する者を指した言葉ではなく、よく考えずに口当たりがよいから使われているというのが一番ありそうな話のように思えました。

立浪会は男性ばかりで踊られているので、他の団体との差異化のために利用しやすいというのも、この単語が使われている原因にとして指摘できそうです。一種の生存戦略みたいな。でも、立浪会は別に女性は踊れないなどという決まりがあるようには思えません。男性ばかりなのは、設立当初から鉱山職員や公務員、郵便局員、陶工など、当時は男性ばかりのコミュニティの人が多く所属していたからであって、選別みたいなものがあった話は聞いたことがありません。

その観点からすると、これは結構厄介な問題になりそうな気がします。結果として男性ばかりになったのに、元から女はNGだったかのような話になりかねず、不毛な衝突につながるおそれがあるからです。

不要な誤解を生じさせるような、実体のない「男踊り」という単語はもはや使うべきではないというのが当方の意見です。